大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(オ)1252号 判決

上告人

加藤金十

右訴訟代理人

瀧澤孝行

被上告人

右近村次郎

右訴訟代理人

竹下傳吉

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人瀧澤孝行の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点ないし第四点について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、宅地建物取引業者である上告人には所轄機関に照会して目的たる山林について保安林指定の有無を調査すべき業務上の注意義務があるものとした原審の判断は正当であり、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、いずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(団藤重光 藤崎萬里 本山亨 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人瀧澤孝行の上告理由

第一点 〈省略〉

第二点

一、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反、経験則違反があり、引いては主文に影響を及ぼす事実誤認があり民事訴訟法第三九四条により破毀されるべきである。

二、即ち原判決は、第一審判決の理由に於て説示した不動産仲介業者である上告人の本件不動産売買に於ける仲介者責任を認める立場をそのまゝ踏襲したのであることは原判決理由により明らかである。

三、上告人は本件不動産取引仲介に当つて、

イ 売主である第一審相被告株式会社豊田土地代表者杉山政弘作成の物件説明書を被上告人に交付したこと

ロ 同物件説明書記載事項としては、所有権に関する事項欄に「豊田市山之手八丁目一二〇番地鍵山政夫」と記載し、備考欄に「鍵山政夫と(株)豊田土地との間にて売買契約中である」とのみ記載してあるも、その他の欄には何等記載がないが、右記載事実は真実であり、本件不動産売買契約後訴外鍵山政夫と被上告人間に於て、売主である第一審相被告株式会社豊田土地を中間省略の上所有権移転登記がなされた事実が認められ(甲第一号証、甲第三一号証参照)、

ハ 従つて上告人としては、土地所有者(登記簿上は前記のとおり訴外鍵山政夫名義)である第一審相被告株式会社豊田土地の説明をそのまゝ信ずべき正当な理由があつたのである。

ニ 右物件説明書中「(2)―1都市計画法等に基づく制限の概要(建築基準法並びに緑地地域及び風致地区の制限を除く部分)」の欄に於て「(制限の内容)」の欄は白紙であり何も記入されていないことが明らかであるので、仲介者たる上告人は売主であり然も同人自身不動産仲介業者である第一審相被告株式会社豊田土地からこの点について告知されないし、

ホ 更に現地調査をするも現地の地形・附近の状況等に照し保安林指定の存在する可能性は判断されず、又原審に於て訴訟告知を愛知県知事になしたとおり森林法第三九条によれば「都道府県知事は、保安林について保安林の指定があつたときは、その保安林の区域内にこれを表示する標識を設置しなければならない。」旨義務が課せられているのに当時現地には全く保安林標識はなく、従つて上告人が現地調査をした際にも本件土地が保安林指定を受けているかも知れないと疑いを入れる余地はなかつたのであり、かゝる事情の下にあつては上告人はその不動産仲介業者に当つて、買主に対する物件調査義務の懈怠の責を問うことができないと解するのが経験則である。

四、更に原判決が踏襲した第一審判決理由の示す第一審判決一〇枚目表一〇行目(同理由四)以下「同書面には、都市計画法その他の法令(森林法も含む)を印刷列記し、都市計画法等に基づく制限の概要と題し、制限の内容を記入すべき余白空欄があるが、右空欄には何らの記入もされていないこと」とある如く、上告人は積極的に本件土地について保安林指定のないことを買主たる被上告人に告知したものではない。

五、又甲第一号証附属の物件説明書中前記第三項記載の欄には、都市計画法・土地収用法・文化財保護法・首都圏近郊緑地保全法・首都圏整備法・流通業務市街地整備法・近畿圏整備法・新住宅市街地開発法・土地区画整理法・官公庁施設建設法・住宅地区改良法・宅地造成等規制法・地すべり等防止法・農地法・河川法・海岸法・古都保存法・砂防法・森林法・道路法・自然公園法・旧特別都市計画法(準用する場合を含む)・市街地改造法(準用する場合を含む)・航空法(準用する場合を含む)

と全部で二四の法律が不動文字で印刷されており、この全部について事実上制限の有無を調査することは不動産売買仲介に当つてなし得ないことである。

現実の取引乃至仲介業務に於てもその一々について調査をし、その有無を告知することは困難であることが取引の実情であり経験則である。

六、然るに原判決理由の引用する第一審判決理由はその一〇枚目裏一〇行目以下に於て、

「被告は登記簿調査、現地調査をしたというが、登記簿法保安林と表示されるべき山林は主たる目的が保安林であると規定されていることは法令上明らかであるばかりでなく、すべて保安林が公簿上保安林と表示されているものとは思われないし、また保安林の標識も年月により朽廃する等完全に具備されていないことも当然考えられるのであるから、保安林指定の有無を確認するには所轄機関に照会することがもつとも確実な手段であり、かつ、容易なことであつて、かかることは、不動産取引業者として、業務上一般に認識すべきことであるといわねばならない。」と説示し、特に現地の地形・近隣状況の如何にかゝわらず、保安林指定の有無を確認するには所轄機関に照会することがもつとも確実な手段であり、(中略)かゝることは不動産取引業者として業務上一般に認識すべきことであると断定しているのであつて、正に短絡的思考であり、経験則違反である。

七、即ち右の論法によれば、全ての物件について前記第五項の事項について法律所定の官庁に照会をしなければ不動産取引業者の注意義務を尽したこととならないこととなり不動産取引の実態と遊離し経験則に反することとなる。

八、原判決の引用した第一審判決の述べるが如き所轄機関への照会は、通常現地の地形・近隣状況に照し通常社会通念・不動産取引の経験則に照し、不動産取引業者の善良なる管理者の注意義務の程度に於て保安林指定の可能性乃至蓋然性が考えられる場合にのみ直接照会するべきであり、諸般の事情の下に於て疑いの起らない場合には所轄機関への照会の義務はないと考えるのが一般経験則であり従来の取引実態であり、又判例の採る立場である。

九、第一審に於て上告人が昭和五二年七月一九日付準備書面に於て引用した乙第二号証、乙第三号証の各判決は、何れも本件同種の事件であるが、前者の大阪地裁判決は「……(前略)」……本件山林の周辺はすべて田畑であつて、近くに人家も点在し、附近には舗装道路も通じており、……(中略)……と附近の土地の状況を認定した上、「右認定の事実によれば、本件山林が古噴を包蔵していることは専門家でないかぎり、本件山林を目して、古噴ではないかとの疑いを抱くことは困難な地形であると認められるから、専門家でない被告大沢が、本件山林を古噴であるとは見抜けず、そのため大阪府教育委員会に対して、本件山林が古噴であるか否かの確認の措置をとらなかつたとしても、業務上の注意義務の範囲を超えたものとして、やむを得なかつたといわざるを得ず、従つて被告大沢には、業務上の注意義務を怠つた過失があるということはできない。」と認定し、附近の状況に応じ所轄官庁に対し照会をすれば足り、専門家でない限り古噴であると見抜けない程度の土地について所轄官庁に照会しなかつた不動産取引業者の責任を否定している。

十、又後者の大阪地裁判決(木下忠良現最高裁判事が裁判長として関与)は、「……(前略)……しかしながら、具体的な個個の場合における右注意義務の程度は、仲介するに至つた事情仲介の態様やその程度、取引の相手方や目的物件に対する委託者の知識の程度、等によつて軽重があるものというべきである」とし、以上の見地より具体的に取引についての詳細な事実を認定した上、「……(前略)……他に特段の事情のない限り仲介業者としては、登記簿によつて現在の権利関係を調査して瑕疵の有無を把握すれば一応目的物の権利関係の調査義務を尽したものというべく、……(後略)……」とし結局不動産仲介業者の注意義務違反を否定しているのである。

十一、以上述べた事実並びに前記乙第二号証、乙第三号証の各判決の理由中不動産取引業者の仲介者としての注意義務の限度を総合して考察すれば、上告人の本件取引についての不動産仲介に於ける不動産業者としての知識・経験に応じた注意義務は尽しておりその注意義務懈怠を前提とし、上告人敗訴の主文を言渡した原判決は主文に影響を及ぼす法令違反、経験則違反引いては事実誤認であるから破棄されるべきである。

第三点

一、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな審理不尽の法令違反があるから、民事訴訟法第三九四条により破毀されるべきである。

二、即ち前記第二点に述べたとおり不動産仲介業者である上告人の注意義務の認定に当り、原判決が引用した第一審判決はその理由二に於て、「被告(上告人)は登記調査、現地見分をしたのみで」と認定しているのみで(第一審判決九枚目表九行目)」と認定していることは明らかであるが、問題は上告人が現地見分をした際に、その地形・近隣状況が不動産取引業者である上告人の通常予見性の限度内で更に精密調査を要すると考えるべき程度の保安林指定の存在の蓋然性を察知せしめるべき状況の有無については何等原審並びに第一審判決は触れていない。

三、この点に関し、上告人は原審昭和五三年一二月一四日口頭弁論に於て、かゝる事実を主張し、現場検証の申請をしたが、原審に於ては採用されないまゝ弁論を終結された。

四、又森林法第三九条による標識の設置をしたことがあるか、全くないか、若しあるとすればその時期・方法・場所について、更に昭和四七年三月頃の標識の状況について愛知県職員原克彦の証人訊問の申請をなしたが同様採用されないまゝ終結された。

五、かゝる上告人の証拠の申出について採用せず、かつ、本件主要争点たる上告人の注意義務の存在・不存在について重大なる証拠調べをしなかつた原審には審理不尽の違法がある。

第四点 〈省略〉

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